横浜のヨーロッパ製輸入ピアノ専門店 スタインウェイ・ベヒシュタイン・ベーゼンドルファー・ブリュートナーなどを展示

RECTUS 横濱輸入ピアノコレクション
株式会社レクタス
TEL:045-227-5518
お問合せ ENGLISH
輸入ピアノ
HOME 輸入ピアノ アクセサリー 会社案内 トピックス コラム お問合せ
European Piano 輸入ピアノ
レクタスのこだわり
弊社はドイツでの修復にこだわりをもっています。それはドイツで生まれた楽器は、ドイツ人にしか感じられない感性や文化的背景のなかで修復されることが大切だと考えているからです。それぞれのメーカーが持っているコンセプトや歩んだ歴史を理解し、それを技術に生かすことが何より大切なのです。
より高い商品価値を創造するため、弊社は優れた技術力を持った、ドイツのピアノ専門の会社とタイアップし、マイスターの指導のもと、ピアノそれぞれの特色を生かしながら丁寧に修復しています。
貴方の五感をフルに使って、体で音を感じてみてください。きっと一台一台、ピアノたちのふるさとを感じていただけることでしょう。

   ピアニスト伊藤憲孝さまの視点 商品ページ(写真をクリック)でご覧いただけます 
グランドピアノ
アップライトピアノ
スタインウェイ O型 スタインウェイ
モデル O
180 cm
1923年
黒艶出し
フォイリッヒ フォイリッヒ
スピネット
110cm
1952年
ダークチェリー艶消し
プレイエル モデルF プレイエル
モデル F
167cm
1929年
ローズウッド半艶
象牙鍵盤
シンメル バロック シンメル
バロック ランプ付き
112cm
1981年
ウォールナット艶消し
売約済
ベーゼンドルファー ヨハン・シュトラウス ベーゼンドルファー
モデル ヨハン・シュトラウス
175cm
1912年
黒艶出し
透かし彫り譜面台
ベヒシュタイン 7 ベヒシュタイン
モデル 7
138cm
1924年製
黒艶出し
象牙鍵盤
ベヒシュタイン L型 ベヒシュタイン
モデル L
167 cm
1928年
ウォールナット半艶
象牙鍵盤
売約済
シンメル
108cm
1958年
ウォールナット艶消し
ランプ付
3本ペダル
売約済  
ブリュートナー ブリュートナー
190cm
1930年
黒艶出し
アリコート付
ベヒシュタイン 7   COMING SOON
フォイリッヒ フォイリッヒ
155cm
1941年
ダークウォールナット艶消し
COMING SOON
Piano Story ピアノストーリー
STEINWAY & SONS 

スタインウェイ  〜ピアノの最高峰〜
スタインウェイといえば、ピアノ愛好家なら知らない人のない、ピアノの最高峰といっても過言ではありません。世界で開かれているコンサートのピアノには、その9割以上がスタインウェイを使用しており、CDの録音にしようされているものもほとんどがスタインウェイです。その音色は力強くかつ美しく、演奏家の意思に敏感に反応して容易に美しい音色を響かせてくれるということですべての演奏家から愛されています。
スタインウェイは、ハインリッヒ・エンゲハルト・シュタインヴェーク(のちに英語風のスタインウェイに改名)が1836年ドイツのゼーエンの自宅の台所で最高のピアノを作り上げたのが始まりです。これがまさにスタインウェイピアノの製造番号No.1 "H.E.Steinway #1"、愛称キッチンピアノです。
愛妻家のハインリッヒは、1825年、結婚の記念に手作りのスクエアフォルテピアノを新妻に贈り、結婚式には自らもオルガンを弾いたと言われています。
やがて本国の政変にともない、四人の息子を含めたスタインウェイ一家はアメリカに移住して、53年にニューヨークにスタインウェイ・アンド・サンズ社を設立します。その品質は絶賛され、スタインウェイの名は世界中に広がり、イタリアのクリストフォリが発明したピアノは、この時代にスタインウェイによって完成されることになりました。
現在ニューヨークとハンブルグの二ヶ所で生産されていますが、ニューヨーク製は明るく輝かしい音、ハンブルグ製は、そのなかにもしっとりとした渋みがあるのが特徴といわれています。
また昔のスタインウェイの音色は今のものにも増してさらによかった、本当に音のいいスタインウェイを手に入れたいなら中古にかぎる、と主張する専門家もいます。これは優れた天然の材料が昔ほど十分に手に入らなくなったという事情がありそうです。とはいえ、スタインウェイは今日でも工程の80%が手作業でおこなっています。それはアップライトピアノも同じで、グランドピアノ同様、1台のピアノが完成するまでに3年の期間がかかります。
スタインウェイはメンテナンスをきちんと行えば百年はもつといわれているので、家宝としてアップライトを家に置きたいと考える人も多いのではないでしょうか。
BECHSTEIN

ベヒシュタイン 〜ピアノのストラディバリウス〜
ベヒシュタインはピアノのストラディバリウスと呼ばれる名器です。独特の"とろけるような、また歌を歌うような″、いわゆるベヒシュタイントーンをもっているといいます。この美しい音色の秘密は、特殊なサウンドボードの構造と、全音域にわたる完全なアグラッフェの採用にあるといわれています。
その創設者カール・ベヒシュタインは、生まれつき詩的で音楽的才能を持っており、22歳の若さで、当時ベルリンで最も有名だったペローというピアノ工場の支配人を勤めています。その後彼は、1853年にベルリンでピアノメーカーを創業、1856年に最初のグランドピアノを作り上げました。
当時の有名なピアニストであり、指揮者であったハンス・フォン・ビューローは、「ベヒシュタインは、ピアニストにとってバイオリン奏者のストラディバリウスやアマティに値する」という言葉を残しています。また、リストがベヒシュタインに書き送った手紙に、次のような一節があります。「私は、20年もの長い間、貴殿のピアノを使い続けているが、いずれの楽器も全くその優秀さを失っていない」このように、ベヒシュタインほど、数多くの音楽家から賛辞を贈られたピアノはないでしょう。
また、ベヒシュタインは音色がノーブルなためか、世界各国の皇帝、皇后、プリンスおよびプリンセスなど、あらゆる高貴な人々に愛され続けてきました。スタインウェイが演奏会用のピアノとして最高というならば、ベヒシュタインは世界の最も高貴なピアノと言えるでしょう。
BLUTHNER

ブリュートナー 〜ドイツの手作りピアノ〜
日本ではあまり知られていませんが、ドイツでは従来から西のベヒシュタイン、東のブリュートナーといわれ、ベヒシュタインと並び称されるほどの高い評判を受けています。
ブリュートナーは、ユリウス・ブリュートナーがライプツィヒで1853年に創業を開始したのがはじまりで、くしくもシュタンウェイやベヒシュタインの創業と同じ年になります。その後ブリュートナーはすぐに高い評価を受けるようになり、急速に発展します。
メルセブルグで開催された博覧会では、ブリュートナーは最高賞を獲得しました。そしてドイツのカイゼル、ビクトリア王女、ロシアのツァーリ、デンマーク王、トルコのスルタンなど、多くの王室の公式ピアノに指定されるようになりました。
しかし1943年、第2次世界大戦で工場は空襲を受けて焼失、48年まで生産が再開されることはありませんでした。その後、ブリュートナーは国営企業化されますが、90年に再びブリュートナー家に経営権が戻され現在に至ります。
ブリュートナーは、徹底した手作りピアノをめざしており、ほかにないいろいろな特徴があります。そのひとつがブリュートナーの特許でもあるアリコートシステム(*)です。これによって、澄んだ美しい響きを長く持続させるというブリュートナーの個性が生まれています。現在のブリュートナーには高音部だけにアリコートが使用されていて、昔のブリュートナーを懐かしむ声もあるようです。
ブリュートナーは手作り生産のため、生産量もあまり多くなく、使われる部材もかなり吟味された質の高いものが使用されています。そして十分な期間をかけて自然乾燥することにより、弦の振動を受け止めて響くようになるのです。
ブリュートナーは、多くの著名な音楽家に愛用されました。一例をあげると、ワーグナー、リスト、ショスタコービッチ、ラフマニノフ、ルービンシュタイン、クロイツァーなどです。またフジコ・ヘミングもブリュートナーを所有しており、これで育ったといわれています。彼女の音が持続するみごとな演奏は、ブリュートナーで培われたのかもしれません。
伝統あるドイツの手作りピアノ、ブリュートナーの音色をぜひご自身の耳でお確かめください。
(*)アリコートシステム
数学用語で約数の意味。基本弦の長さの約数に相当する長さの弦を平行して張ることによって、基本弦の倍数を強調して音質を改良したもの。普通のピアノは中高音部が3本弦になっているが、ブリュートナーの場合は、4本弦になっているのが特徴。
ブリュートナーとドイツ史  〜表現主義から新即物主義へ〜

1910年代のドイツ美術界は、個人の内面的・主観的な表現を目指すいわゆる「表現主義」が主流でしたが、第一次世界大戦後の荒廃の中、冷徹なリアリズムによって即物的に表現することを重視する「新即物主義(Neue Sachlichkeit)」なる美術運動が勃興しました。
ピアノ業界もそんな時代背景の影響を受け、それまでの華美な装飾を排除した直線的なデザインのピアノが作られるようになりました(左写真:当時のモデル)。
ロゴはブリュートナーの特徴であった筆記体ではなくローマン体(立体)が使われ、腕木や棚板も出来るかぎり曲線を避けたつくりになっています。
PLEYEL

プレイエル  〜 ショパンとともに 〜
プレイエルの創始者であるイグナース・プレイエルは、奇才な発明家であると同時に優秀な作曲者でもあり、彼の作り出すピアノは作曲家や演奏家の要求にこたえる夢のピアノと呼ばれました。
やがてヨーロッパ王室御用達の逸品として評価され、世界各国へ輸出されるようになりました。
その後息子のカミュへ引き継がれ、ダンパーペダルの発案や、スクエアピアノの製作、グランドピアノに金属フレームを採用するなど、鍵盤楽器界の飛躍的な進歩に貢献しました。彼はサル・プレイエルを設立し、将来有望なピアニストを支援するなど、当時の音楽界に大きく貢献したのです。
プレイエルピアノといえば忘れてならないのがショパンですが、彼は歌うような音と軽快なタッチに魅せられ、生涯プレイエルを愛用しました。カミュとショパンは、ピアノ製作者と演奏家という互いの立場を尊重しつつ強い絆で結ばれて、西洋音楽史に刻まれる究極の名器を創りあげることになります。
ショパンが愛したピアノで、彼の数々の名曲を弾く喜びをぜひ味わってください。
IBACH

イーバッハ 〜ピアノのロールスロイス〜
イーバッハは1794年、今から約180年前に誕生したドイツ最古の歴史をもつピアノです。残念ながらこのピアノは、わが国ではあまり知られていませんが、知る人ぞ知る名器には、長い歴史とドラマがあります。
イーバッハの創始者であるヨハネス・アドルフ・イーバッハは、1766年にバータンで生まれています。若いイーバッハは、数年間、町から町へと足にまかせて歩き回り、ドイツ中のオルガンとピアノのメーカーのマスターたちを訪ね、そのさまざまな技術を吸収して、“免許皆伝”に当たるマスター・オブ・アートの技術を学び取ったといいます。
しかし、時代背景が悪く、あたかもナポレオン戦争の真っ最中で、ドイツは経済的に極度に疲弊しており、イーバッハは飢えと戦いながら重労働を続けたといいます。
その後、奇才と未来を先取りする洞察力をあわせもつ、3代目のルドルフ・イーバッハ・ジュニアは、イーバッハのピアノを、あらゆる音楽界の人々に知らしめる功績をたてました。その頃リヒャルド・ワーグナーは、彼に等身大の写真を贈り、「親愛なる“音作りの達人”ルドルフ・イーバッハ氏に心から感謝の意を表す」という文字を書き入れたといいます。
また、ルドルフ・イーバッハ・ジュニアは、ピアノのケースを芸術的なものに引き上げるべく最大の努力を払いました。彼は1883年と1891年の2回にわたって、芸術的なピアノのケースのデザインのコンクールを開催しています。これは、単にイーバッハのピアノの芸術性を高めただけでなく、その後、あらゆる他のメーカーがこれに追随するという大きな影響を残したのです。
イーバッハの現在の工場はウェストファリアのシュベルムにあり、ドイツの最古のピアノメーカーとしてきわめて優美で性能が抜群の各種のピアノを作り続けており、毎年のフランクフルトのフェアでは、その美しさが人々の目を奪っていると聞きます。イーバッハのピアノはグランド、アップライトともに無限といわれるほどの耐久力があるという定評があります。ピアノのロールスロイスといわれるゆえんでしょう。
SAUTER

ザウター 〜 185年の音色 〜
ザウターというピアノの名前はあまり聞くことがないかもしれませんが、その歴史はスタインウェイ、ベヒシュタイン、ベーゼンドルファーよりもさらに古いのです。
 1819年、優秀な家具職人であったヨハン・グリムによって創設されたザウターピアノは、その後、音楽家・ピアノ製造技術者・設計者・そして発明家でもあったハンス・ザウターが、新しい技術と材料をいち早く取り入れ、その結果美しい音色とデザインの新しいモデルはメッセで評判になり、まもなく世界中に輸出されるようになりました。1993年には新工場を設立し、今年創立184周年を迎えるザウターは世界で最も古い伝統を持つピアノ製造会社のひとつとなりました。
ザウターの音作りの秘密は、R2アクションの搭載やサウンドボードを大型化することによる豊かな音量、また共鳴板をできる限り薄くし、かつ球状に膨らませることによりボリュームある開放的でブリリアントな音を実現させたことにあります。
 現在のザウターの音色は、伝統あるドイツのピアノだけあって、重厚でとても魅力的な響きを醸し出しています。ザウターピアノは形式やピアノの個体よって一台一台、渋いもの、透明感のあるもの、明るい音色のものなど、かなり異なる印象を受ける場合があり、手作りピアノの典型となっています。
 また、ザウターは品質がしっかりしていて、さほど価格も高くないので、本場ドイツピアノ入手を考えているなら、試弾してみる価値があるのではないでしょうか。
EUTERPE

オイテルぺ 〜ギリシャ神話・芸術の女神〜
オイテルペは、名門フォイリッヒピアノのトップブランドです。
もともとは、1875年、フォイリッヒより24年ほど後にベルリンで創設され、順調にスタートしました。 しかし、高品質・高コストに走りすぎて経営が悪化し、ついにフォイリッヒに吸収されてしまいますが、その高い技術は確実に受け継がれ、フォイリッヒの高い名声を残すまでになりました。
フォイリッヒは、古くからのピアノ作り一家の子孫であるユリアス-フォイリッヒによって、1851年、ドイツのライプツィヒで産声をあげたという長い伝統があります。
フォイリッヒ社は急成長し、1900年初頭、フォイリッヒのピアノ工場では既に360人の従業員を雇い、当時としてはめずらしく、アップライトピアノ1200台、グランドピアノ600台もの台数を製造していました。そして宮廷御用達のメーカーとして認められ、シュタインウェイ、ベヒシュタインと方を並べるようにまでなりました。
オイテルペは、フォイリッヒブランドと共に世界中へ輸出されただけでなく、ドイツ以外のヨーロッパの宮廷にも納められ、伝統と歴史の中で今も生き続けています。<オイテルペの語源>
ギリシャ神話のミューゼ9女神の1人で、古代ローマ時代は、フルートを奏でる芸術の女神を意味しています。
FEURICH

フォイリッヒ 〜音符を楽しめるピアノ〜
フォイリッヒは1851年、ユリアスーフォイリッヒによって、ドイツのライプツィヒで創設されました。彼の家は古くからのピアノ作り一家で、彼の祖父や父も熟練したピアノ技術者であり、またハープシコードメーカーでした。
フォイリッヒ社は成長を続け、1911年、ライプツィヒに新しい工場を建設します。360人もの従業員を雇い、当時としてはめずらしく毎年アップライト1200台、グランド600台もの台数を製造していました。
その後、第2次世界大戦で工場を失ったにもかかわらず、フォイリッヒブランドの高い名声により奇跡的な早さで再建を遂げるのです。そして1959年、フォイリッヒ社は西ドイツのラングラウを新天地に選びます。
1993年からは、フォイリッヒは完全なファミリー企業となりました。また95年には新しいビルが完成し、ここから世界中にフォイリッヒが輸出されています。
フランスで最も権威のあるディアパソンは、「フォイリッヒのグランドピアノは、ひとつひとつの音符を楽しめる素晴らしいピアノだ」と絶賛しています。またフォイリッヒは、ベルリンのシャウシュピールハウス(ドイツで一番有名な劇場)をはじめ、ドイツ各地のホールに納められています。
フォイリッヒは155年にわたり、70000台のピアノを製造しています。品質はもちろん、デザインも洗練されており、バロックからロココ、シェラトン様式まで多様なものがそろっています。
BOESENDORFER

ベーゼンドルファー 〜オーストリア宮廷御用達〜
創始者イグナス・ベーゼンドルファーは15年間の修行の後、1828年ウィーン市にベーゼンドルファー社を設立しました。そのわずか2年後にはオーストリア皇帝から「宮廷御用達のピアノ製造業者」の称号を受けます。1869年には当時のオーストリア帝国から明治天皇へ、献上品としてベーゼンドルファーが贈られています。 
他のピアノメーカーが大量生産に走る中、ベーゼンドルファーは創業から今日まで、熟練された技術者によるていねいな手作業にこだわり続けてきました。それは創業175年で総生産台数わずか4万6千台(ヤマハは100年で約600万台)ということからもうかがい知ることができます。 
重厚感のある音色は、皇室・貴族だけでなく多くの音楽家に愛されました。ウィーンで活躍していたフランツ・リストもその一人です。ベーゼンドルファーは強靭なタッチの彼の演奏にも耐え、演奏会を成功に導いたことでさらにその名を広めることになりました。のちにリストは「貴方のグランドピアノの機能の完璧さは、私の期待する理想をはるかに超えるすばらしいものである」と手紙で書き送っています。
またフレームの美しさもベーゼンドルファーの特徴です。何度も繰りかえされる手作業の塗装と研磨、ウィーンの芸術品をぜひお客様ご自身の目でお確かめください。
ヨハン・シュトラウス モデル 〜 Model Johann Strauss

ベーゼンドルファーは、ウィーンにおける長い音楽の歴史と常にともに歩んできました。
オーストリア王室御用達のピアノとして王族たちが所有し、また、リスト・ブラームス・
バーンスタインなど、数多くの偉大な音楽家たちもベーゼンドルファーを愛用しました。
彼らはその独特の音色、ゆるぎない品質に大きな信頼をおいたのでした。
ヨハン・シュトラウスIIもそのひとりです。彼が愛用していたベーゼンドルファーピアノは、現在もウィーンのヨハン・シュトラウス記念館に保管されています。(左写真)
"King of Waltz"と呼ばれた彼の作り出す音楽で、たちまちウィーン中にワルツが広がり、ワルツはオーストリアの代名詞となりました。1867年にシュトラウスが書いた
「美しき青きドナウ」はもうひとつのオーストリア国歌といわれています。
そんなワルツの王様の名をもったヨハン・シュトラウスモデルは、美しい曲線を描く脚や透かし彫りの譜面台、リラ(古代ギリシャの竪琴)を形どったペダル支柱など、さまざまなヨーロッパ芸術の要素を含んでいます。
今年ベーゼンドルファー社はその長い歴史にピリオドを打ちました。しかしその音色は、ウィーンの音楽の歴史をあなたに感じさせてくれることでしょう。
SCHIMMEL

シンメル 〜ヨーロッパ王室御用達〜
創設者のウィルヘルム・シンメルは、ピアノ生産地として有名なライプツィヒに生まれ、ピアノ技術者の父にならって、22歳の時から見習い工としてピアノ作りを始めます。
1855年に独立を果たし、念願だったシンメルピアノの生産を始めます。そしてわずか9年間で、1000台の生産を達成しました。
1899年にはワイマールをはじめ、ほかのヨーロッパ王室御用達の栄誉を授与され、会社は飛躍的な発展を遂げます。
1929年には息子のウィルヘルム・アルノ・シンメルが経営に加わり、その後1939年にブラウンシュバイクに工場を移転させ、新開発のアクションを使った小型のアップライトを発表します。これは小型ながら優れた性能で高い評価を受け、ヨーロッパではこれまでの大型アップライトにかわって、小型のアップライトが普及するようになりました。
また1970年から93年まで、フランスの要請で、エラール、ガボー、プレイエルのOEM商品を生産しました。1980年には製造台数が1万台に達し、その優れた品質は高い評価を得て今日に至ります。それは2001年、パリでの国際的なコンクールの中級ピアノクラスで、シンメルのGP169が優勝していることからもうかがえます。
シンメルは、タッチ、音色ともに安定感があり、ドイツのトップブランドでありながら、お求め安い価格が魅力のピアノです
SEILER

ザイラー 〜ドイツ国家が認めた品質〜
ザイラーは、1999年に創立150年を迎えた歴史のあるドイツのピアノメーカーです。創立者のエドワード・ザイラーは、1849年、ドイツのリークニッツ市でピアノ作りをはじめます。そして、彼のピアノはその品質が認められ、1872年にモスクワの品評会で金メダルを受賞しました。
1872年、エドワードの死後、息子のヨハネス・ザイラーは、すでにそのとき120人の職人を抱えるまでに成長したザイラー社を受け継ぎました。
1919年には、ザイラーはイタリア王室やその他多くのヨーロッパ王室の御用達に指定されました。また、多くのピアニストに愛され、世界中のコンサートホールでザイラーが見られるようになります。
1945年、第2次世界大戦で工場を失いますが、4代目のステファン・ザイラーによって1961年、バイエルン州のキッツィンゲン市で再建を果たし今に至ります。
ザイラーピアノは、「ドイツピアノ品質保証表記協会(RAL)」より、アップライトからコンサートグランドに至るまで、すべての楽器に「品質保証シール」をつけることを認められた唯一のピアノメーカーです。その品質と透明感のある音色を、ぜひ一度お確かめ下さい。
STEINGRAEBER & SON

スタイングレーバー 〜幻の手作りピアノ〜
スタイングレーバーは日本ではめったに耳にすることはなく、実物を見ることもあまりないですが、本場ドイツでは、ワーグナー音楽祭のスポンサーを勤めたり、国際的なピアノコンクールで何度も優勝するなどの実力を誇るピアノメーカーです。にもかかわらず知名度があまりないのは、徹底して手作りにこだわるので生産台数が極めて少ないこと、また宣伝にはほとんど費用をかけないことが理由にあげられます。
スタイングレーバーの歴史は古く、1820年にエドワード・スタイングレーバーがニュースタッドでピアノ作りをはじめました。現在はバイロイトで5代目ウドシュミッド・スタイングレーバーがその伝統を守っています。
スタイングレーバーは古い伝統を持つピアノメーカーでありながら、新しい試みにも積極的です。アップライトピアノにグランドピアノと同じダブルレピティションシステムを搭載し特許を取得しました。これはグランドピアノのアクション構造と同じ働きをするもので、鍵盤がとても軽くトリルなどの奏法がしやすくなりました。また通常アップライトピアノでは高音部は音が鳴りにくいのですが、スタイングレーバーはグランドにひけをとらない美しい高音を奏でます。伝統と高い技術があればこそです。
「宣伝などしなくても実際に弾けば良さがわかってくれる」、そんなピアノ職人たちの自信と誇りを感じていただけることでしょう。
GROTRIAN STEINWEG

   グロトリアン・シュタインヴェッヴ

 〜 クララ・シューマンが愛したピアノ 〜
グロトリアンはスタインウェイと血縁にあたるピアノの名器で、スタインウェイがアメリカで最高のピアノと断定できるならば、グロトリアンはドイツにおける最も優秀なピアノのひとつといいきることができるでしょう。
 グロトリアンの発祥はスタインウェイの歴史と密接なつながりを持っています。
 1847年のドイツの政情不安で、スタインウェイ一家はドイツを離れることになりますが、長男のデオドールだけはドイツに残ります。その後彼はアメリカのブランスウィックに工場を完成させますが、ドイツとアメリカとの往復が忙しくなり、ブランスウィックの工場を、彼の弟子であるグロトリアン、ヘルフェリッヒ、シュルツの三人に売却します。やがてこれがグロトリアン・シュタインウェヒというピアノメーカーとなるのです。
 グロトリアン・シュタインウェヒの最初のピアノは、1835年に、スタインウェヒの元祖であるハインリッヒ・シュタインウェヒと、フリードリッヒ・グロトリアンの共同によって作り出されたスクエアピアノであったといいます。
 ドイツの有名な女流ピアニストであったクララ・シューマンは、1870年以降、彼女の永くて輝かしい演奏活動の最後まで、このグロトリアン・シュタインウェヒの楽器を使い続けました。また、パウル・ヒンデミッド、ワルター・ギーゼキングもグロトリアンサウンドの虜だったといいます。その華麗でしかも純粋で、例えないようもない情感のある音色の秘密は次のような構造上の特徴にあります。

☆ホモジェナンスサウンドボード
 "均等な品質を持つ響板"という意味。グロトリアンのピアノはこの特殊なサウンド
ボードを持つために音質が大変優れているといわれている。
☆バイオリンテクニック
  バイオリンの形態と機能をピアノに適用したためつけられた呼び名らしく、フレームとサウンドボードの形態をバイオリンの胴形に真似たもので、この方法により、全音域にわたる完全な倍音を含んだサウンドボードの振動が得られる。
☆打弦点
  それぞれの弦に対して打弦点が何分の一であるかということが正確に調整してあり、全音域のすべての音が最も美しくなるようにアジャストしてある。
☆その他
サウンドボードの外側だけにネジ止めされたバランスの優れたメタルフレーム、
構造の安定度を高くし、音程の狂いを防止する特殊な形状を持つブレーシングなどがある。

Top of Page
Copyright (C) 2007 RECTUS. All Rights Reserved.